「エレン人生道中記」。
このブログを始めて、ふと思った。
そもそも、なぜ「エレン」なのか。
実は「エレン」は、僕の名字である「江連(えづれ)」から来ている。
昔から、自分の名字があまり好きではなかった。
「江連」と書いて「えづれ」。
初めて会った人には、なかなか正しく読んでもらえない。
「なんて読むんですか?」
そう聞かれることもある。
子どもの頃には、それが少し嫌だった。
もっと普通の名字だったらいいのに。
そんなふうに思ったこともあった。
でも、年齢を重ねていくと、少しずつ考え方が変わってきた。

江連という名字のルーツ
「江連」という名字は、全国的には珍しい名字だ。
現在確認されている名字の由来では、栃木県真岡市の「上江連」や、茨城県筑西市の「下江連」という地名がルーツとして挙げられている。
特に栃木県真岡市の上江連は、江戸時代から記録が残る地名とされている。
そして面白いのが「水」との関係だ。
江連用水は、栃木県真岡市上江連付近の鬼怒川から取水し、茨城県筑西市などを通って広い農地を潤した用水路だという。
自分の名字を調べてみて、初めてそんな歴史があることを知った。
今まで単純に「ちょっと変わった名字」くらいに思っていた。
ところが調べてみると、そこには土地があり、川があり、農業があり、昔の人たちの生活があった。
名字ひとつにも、長い時間が流れている。
「江連」から「エレン」へ
では、なぜ「えづれ」ではなく「エレン」なのか。
これは僕自身の呼び名として「エレン」という響きを使うようになったことがきっかけだ。
「江連」という名字から「エレン」。
漢字から見ると全然違う。
でも、自分にとってはつながっている。
昔は嫌だった名字。
人に説明するのが面倒だった名字。
そんな名字から、自分自身の名前として「エレン」を作った。
考えてみれば、ちょっと不思議な話だ。
嫌だったものを、今度は自分の名前として使っている。
人生も同じなのかもしれない
人生には、自分では選べないものがある。
生まれた場所。
名字。
家庭環境。
過去。
そして、これまで歩いてきた道。
若い頃は、それを変えられないことが嫌になることもある。
でも、年齢を重ねていくと、
「変えられないものをどう受け入れるか」
ということも大切なのではないかと思うようになった。
江連という名字もそうだ。
昔は嫌だった。
でも今は、この名字があったから「エレン」という名前が生まれた。
そして、その「エレン」という名前でブログを書いている。
だから「エレン人生道中記」
このブログでは、きれいな成功談だけを書くつもりはない。
仕事のこと。
お金のこと。
失敗したこと。
これから挑戦すること。
ブログで収入を作ること。
いつか海外で暮らすこと。
うまくいかない日も、迷う日もある。
それでも、自分の人生を少しずつ前に進めていきたい。
だから「人生道中記」。
人生は、目的地に到着した人だけが語るものではないと思う。
途中にいる人にも、その人なりの物語がある。
僕は今、その途中にいる。
そして、その道中を「エレン」という名前で記録していく。
昔は好きではなかった「江連」という名字。
そこから生まれた「エレン」。
そして今、その名前をブログのタイトルにしている。
人生は、過去に嫌だったものが、いつか自分を支えてくれることもある。
そんなことを、このブログを書きながら少しずつ感じている。
「エレン人生道中記」。
まだ道の途中。
これから何が起こるのか、自分にも分からない。
だからこそ、面白い。
この先も、自分の人生を歩きながら、その一日一日を記録していこうと思う。


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